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マイルドヤンキーにさよならを

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「comicoBL締め出し」「境界のないセカイ連載終了」は渋谷反同性愛デモと同じ根をもつ政治問題だと思う

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先日、渋谷区が同性間のカップルに対して証明書を発行して“結婚”に相当する権利を与えようとする条例案が提出することを決めた。
条例が決定したわけではなく、提出されたわけではなく、“提出することを決めた”段階である。


渋谷区、同性カップルに証明書 条例案「結婚に相当」 :日本経済新聞





それに対して、「頑張れ日本」という組織が、その条例に反対するデモを行った。

https://pbs.twimg.com/media/B_t2ge7VAAALBao.jpg
日の丸たてて同性愛に反対というデモにドン引きした - 温玉ブログ






ちなみに、この「頑張れ日本」という組織には、現首相の安倍晋三さんや、田母神俊雄さんが関わっているらしい

渋谷で反同性愛デモを主催した「頑張れ日本!」の結成大会に安倍首相を始め複数の現閣僚が参加・登壇していたことが明らかに - エキサイトニュース(1/3)





その反対デモで主張されていたのは、以下のようなこと


https://pbs.twimg.com/media/B_uXgFxUsAADA30.jpg
https://pbs.twimg.com/media/B_uXfhzUgAAeleM.jpg




ちなみに、よく同性愛の人に投げかけられるこの手の批判に関しては、
ともみ (@6D77) | Twitterさんの以下のツイートが的確です










この件に関しては、一般的な人が思っている“伝統的な正しさ”(実際はそうではない)や“動物の本能的な正しさ”(実際はそうではない)によって、自分の想像の及ばない人間をすりつぶしにかかってくる人間に対して本当に腹が立っているし、一体何故そんなようなことをするのか分からない。
そして本当に恐ろしい。
この“伝統的”で“保守的”な運動に対して、その支持層に、親学や、教育勅語などを推す、安倍晋三氏や、その周辺の自民党の現在の主流派がいて、“政治的に正しい(日本国内において)もしくは政治的に問題ない”お墨付きが与えられていることだ。実際に日本以外の近代国家でこのような主張をすれば、政治家生命や民間企業の重要な役職というものも含めた社会的生命が断たれることは間違いないような発言をしても、特に問題として認められないという、今の日本は控えめにいって狂っていると思う。




そのような状況下での表現の自粛

そして、以下のような出来事もこの一連の流れと無関係ではないのだろうな、と思う。




comico(コミコ)がなぜか同性同士のキスシーンが含まれる作品を削除している - 田舎で底辺暮らし


「境界のないセカイ」マンガボックス連載終了のお知らせ: 幾屋大黒堂Web支店 @SakuraBlog



聲の形は人権問題だが、同性愛問題は、政治問題

保守的な政権、時代というのは多様性に対して不寛容である。そういう時代には表現についての規制が厳しくなっていくし、そういう時代では“出来るだけそういうことに関わりたくない”ということで、色んな表現が自粛される。
それに対して、反対意見も賛成意見も述べることをしたくない、そういう風になって行く。特に出版社などは、過激派からのクレームを恐れて、そういうことに対してどんどん及び腰になって行くだろうと思う。
講談社がこれに対する発売禁止を決めたのも、個別の主張や設定に問題があるのではなく、“このめんどくさい時期に波風を立てたくない、何が正しいとかは別として”ということだと思う。聲の形は人権問題だが、同性愛問題は、政治問題だ。
なにか問題があったとき、人権問題なら当事者と話し合いが持てるし、その過程で、“ほんとうにただしいこと”を読者関係者ともに考えることも出来るかもしれないけれども、政治的問題になった時は、違う。
正しさは常に、“オカミ”側が持っていて、出版社側は、“会社にケチがついて”“目をつけられた”という負のポイントしか残らない。“オカミ”が寛容で個々人の権利に対して配慮する政権であったらそのような主張も出来たけれども、今は、不寛容で“個々人の命は守らずに国を守る”というような政権だ。
「頑張れ日本!」結成大会に参加した政治家の顔ぶれがすご過ぎる件 - kojitakenの日記


すごく嫌な状況だと思う、そしてこれをかえる為にどうしたらいいのかわからない

恐らく、この2件に対して、直接の抗議がきたとか圧力がかかったとかもないだろう。ただ、上からそういう圧力があるかもしれない、という状態や、どこかからクレームがあった時に、そのクレーム側に社会的な正義があった場合、それを公表している側としては、とても、もたない、というのも分かる。正しさが誰かに決められてしまう世界では、話し合いの余地なんてないからだ。


近代になって、色々な価値観が、色々な価値観として認められるようになって、世界中がそのようになろうとしている中で、こういう、中世に逆戻りするような流れがなんで出てきているのか分からない。

  • 選挙権を持つ大多数な人間がお年寄りになったからなのか、
  • マイルドヤンキー(この言い方すごい嫌いなんですけれども)とざっくりと呼ばれているような、自分たちの価値観で平らにならされた社会で生きる人たちが増えたのか、
  • 不景気で不満にあふれた日常のはけ口をもとめて、外部の異物や内部の異物を潰して憂さを晴らしているのか。

あるいはそのすべてか。


本当にどうしたらいいのか分からない。




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